スポンサードリンク

山戸結希映画監督の評判はわがまま?作品の評価や表現方法も気になる!

エンタメ
 
みなさん、山戸結希さんという映画監督をご存知ですか?

 
 
 
7月2日放送の「セブンルール」に出演されるみたいですよ。

 
 
 
今回は山戸結希さんの評判、作品の評価や表現方法などをご紹介したいと思います。

 
 


スポンサードリンク


スポンサードリンク

山戸結希映画監督の評判はわがままなのは何故?

 
 
名前:山戸結希(やまと ゆうき)

年齢:30歳

生年月日:1989年(月日は不明)

出身地:愛知県刈谷市

職業:映画監督

大学:上智大学文学部哲学科卒業

所属:研音

 
 
山戸結希さんが所属する研音ですが
 
昔トレンディドラマの女王の浅野ゆうこさんや中森明菜さんなどを輩出した事務所となります。
 
 
 
そんな芸能事務所に映画監督として所属しており、

 
もしかすると今後生まれてくる金の卵の俳優を起用した映画作品も世にリリースするのでしょうね。

 
 
 
ちなみに研音では俳優でも音楽活動をする人をアーティストとし
 
音楽活動のみの人はミュージシャンとして位置づけしています。
 
 
 
山戸結希さんがわがままって噂が出ていたようですが

 
決してそのような口コミなどは見当たらなかったです。

 
 
 
芸術家ですから多少のことはあるかもしれないですけどね。

 
 



スポンサードリンク


山戸結希映画監督の作品の表現方法のこだわりとは?

 
 
レイトショー観客動員を13年ぶりに更新し、山戸結希は20代にして既に、
 
いくつもの〝伝説〞を生んでいる気鋭の映画監督です。
 
 
彼女がつくり出す映画には、刹那を生きる少女の切実な叫びが狂おしく刻まれ、

 
新作を発表するごとに熱い信奉者を生んできました。

 
 
 
「大学で映画研究会を立ち上げた時も20人ほどの女子に囲まれていましたし、

 
アイドルのミュージックビデオを撮るという機会にも恵まれました。

 
近い存在である女子の身体を撮ってきましたが、

 
普遍的な人間像を描きたいという思いはいつもあります」
 
 
 
彼女の唯一無二の感性は、詩のような言葉たちが役者の身体を通して起爆し、

 
切り結ぶ瞬間に宿っています。

 
 
その個性は、大学で哲学を学んでいたという経歴をもつが故に生まれたものかもしれません。
 
 
デジタルカメラで撮られた作品に衝撃を受け、直感に導かれて映像の道へと進み、

 
自ら映画を撮り始めて「言語によって抑圧されていた自分」に気づいたのだといいます。

 
 
「私が脚本に書いた言葉を役者という他者が物語ることで、出てくるものがある。

 
その多重性を感じた時、映画をつくる面白さを実感したんです。

 
フィクションのもつ飛躍の力に私自身の言葉が救われている感覚があります」
 
 
 
監督自身が愛してやまない同名コミックを映画化した『溺れるナイフ』。

 
 
少女を描いてきた監督が、少年の内面に寄り添いながら「いつか男性を偶像的に、
 
フォトジェニックに撮りたいと思っていた」という願いをかなえた作品です。

 
 
 
そしてこれは、日本映画を牽引する若き役者と職人的な一流のスタッフとともに、
 
映画という表現に妥協なく挑んだ格闘の記録でもあります。
 
 
 
「なぜこのカットが私にとってNGなのか、言葉では説明できないけれど、

 
どうしても譲れない時が何度もあって。

 
その時、監督とは無根拠なことへの信仰心を炎のように

 
感染させる状況をつくる存在であらねばならないのだ、と感じたんです。

 
映画は集団で製作するものだからこそ、自分の目で見たことを大切にして進んでいきたい。

 
そう強く思っています」

 
 
 
この他にも山戸結希さんは乃木坂48やももいろクロバーZなどの
 
ミュージックビデオも手掛けています。
 
https://twitter.com/_bocci_bot_/status/962105124259688448
 
初のメジャー作品『溺れるナイフ』が公開され、

 
その才能を全国に轟かせた新鋭の映画監督・山戸結希。

 
 
 
「自分の映画をすべての少女に届けたい」と語る彼女の熱き思いは、

 
予想を超えたスピードで現実になろうとしています。

 
 
 
学生時代に制作した初めての映像作品『あの娘が海辺で踊ってる』(2012年)が、
 
第24回東京学生映画祭審査員特別賞を受賞し、
 
映画文法を逸脱した映像表現で鮮烈なデビューを飾った映画監督・山戸結希。
 
 
従来の青春映画の主人公像を更新するかのように、感性の赴くままに紡がれる特有の語り口は、

 
現在の日本映画界で異彩を放っています。

 
 
 
その後、立て続けに公開された『おとぎ話みたい』(2013年)

 
『5つ数えれば君の夢』(2014年)では、少女の心の揺らぎを確かな編集力、演出力で切り取り、

 
「山戸映画」と冠されるほどの圧倒的な作家性で、

 
10代の女の子たちから爆発的な支持を獲得するだけでなく、

 
多くの映画ファンや批評家たちからも高い評価を受けています。

 
 
そして、第4作目となる待望の初メジャー作品『溺れるナイフ』(2016年)では、

 
主演に小松菜奈・菅田将暉を迎え、

 
危うくも美しい青春の煌めきを20代の瑞々しい感性と表現力で見事に切り取ってみせました。

 
 
「上智映研で『あの娘~』を製作していたときは、誰がこの世界を見るのかもわからない、

 
そういう小宇宙の中にいました。

 
そこから始まったからこそ、『溺れるナイフ』では、

 
未来の映画をきっと見つめてくれる観客がいるのだという新しい気持ちがありました。

 
まだ出会ったことのない女の子たちの“まなざし”、

 
それをとても強く背中に感じながら撮影していましたね」

 
 
 
愛知県の田舎町でごく普通の女の子として暮らし、

 
特に自己主張するようなタイプでもなかったといいます。

 
 
初めて監督をしたときも、

 
外部的な要因から映画研究会の部長になったことで「やらざるを得ない状況」だったそうで、

 
映画を撮るための知識はおろか、撮影機材の使い方もよくわかっていなかったとのこと。

 
 
しかし、そのときすでに「これからずっと映画を撮り続けるのかもしれない」と、

 
ある種の予感めいたものがあったといいます。

 
 
「率直に、こんなに面白いことはないと思いました。

 
他者に求められるかどうかは別にして、自分自身の感覚としては、確信がありました。

 
これより面白いことは、きっともうこの先ないかもしれないと。

 
おそらく、一度映画をつくるとみんなそう感じるのではないかと思います。

 
人間表現のすべてが集約されてゆくというか、世界にそっくりになってゆく芸術として。

 
撮っているとき、本当にそう感じることが出来るんです」

 
 
 
彼女が映画をつくり続ける動機、

 
それは「自分の映画を10代の女の子に届けたい」という強い思いにあります。

 
 
「最近は、アクセスする権限が限られた人に向けてつくる、ということに意味があるんだな、

 
と感じ始めています。本当は、いちばん選択肢がないといけない世代ですよね。

 
でも、同時にいちばん、

 
目の前のものがすべての世界だと思い込んでしまいやすい窮屈な季節でもあります。

 
その社会に対してオルタナティブな世界を提示できるのは、

 
カルチャーや芸術だからこそできること。

 
そしてもちろん、映画の世界からも、それは必ずしなければならないことなんだと思います」

 
 
 
山戸映画で描かれる世界は、そのほとんどが地方に暮らす10代の女の子を主人公にしています。
 
 
「過去に自分が経験したテーマから表現を広げ、

 
今まさにリアルタイムでそういうテーマを持って生きている人へ向けて、

 
作品をつくるというのは、クリエイターにとってはごく自然な行為としてあるのかもしれません。

 
私の場合は、苦しい思春期を生きている女の子へ向けてというケースとして」という彼女。

 
 
しかし、彼女の作品は、10代の女の子だけではなく、

 
男性にも、大人にも、性別や世代を超えたあらゆる層にまで波及しているのが特長です。

 
 
なぜ彼女の作品は、これほど多くの人の心を衝き動かすのでしょうか。

 
 
 
「人間の体自体がすごくユニバーサルなものだからこそ、性別や世代に関係なく、その肉体に、

 
レンズを通して向き合うことで普遍的な物語が立ち上がる、ということはあるかもしれません。

 
人間の肉体自体は普遍的なものであって、100年前でも、100年後でも、

 
肉体レベルでの大きな変化はないと考えられます。

 
時代の中で瞬間的な風俗の違いはあるけれども、

 
レンズを通して人間の肉体を切り取るという行為は、

 
普遍的なものを感じさせる要因のひとつなんだと思います。

 
この普遍性みたいなものを、本来映画は宿命的に孕んでいるので、

 
女の子以外の皆さんにも観ていただけて、彼女たちの青春時代を通して、

 
共感していただける体験があるのかもしれません」

 
 
 
客観的かつ冷静な語り口で、聞く者をぐいぐいと山戸ワールドへと誘っていきます。

 
 
哲学を専攻していたという彼女は、自身の思考についてこう解釈します。

 
 
「恐らく、本質的に何を美しいと思うのかということの芯は、いくら年齢を重ねようが、

 
どれだけ体が熟していこうが、変わらないものなのだと思います。

 
たまたま今は、10代の女の子を撮ることも多いですが、もしかしたら50年後に振り返ったときに、

 
『ああ、こういうものを撮るために、はじめは10代の体から入ったのか』と

 
思うような気もよくして。どっちも美しいけれど、その『あらわれ』の仕方だけが違うような。

 
起点からすべてが始まったというより、ある終点に向かっていつの間にか創作を続けている、

 
そういう感覚がすごくあります」

 
 
 
インタビューをしている最中、

 
彼女の口からは「まなざす」「まなざされる」という言葉が幾度となく飛び出しました。

 
 
 
積み重ねられた歴史のなかで、男性の視線を絶えず浴び続けた「まなざされる」女性が、

 
現代期のメディアの発展と文化的成熟のなかで、「まなざす」側に移り変わりつつあるという。

 
 
 
彼女は、いまの世の中を「社会的な変革期」と捉え、
 
多くの女性たちが「まなざされる存在」から「まなざす存在」に向かいつつあると話します。
 
 
 
「言葉は違っても、自分自身は『まなざされる存在』なのだということを、どんな女の子でも、

 
一度は考えたことがあるのではないでしょうか。

 
古来の村で踊りながら、選ばれようとした記憶が蘇る。それは現象として、渇望として。

 
だからこそ、このたった今が、いちばん面白い時代だと思います。

 
すべての女性がカメラを手にしている時代、これは人類史上初めて経験するフェーズといえるから。

 
21世紀に初めて、全ての女の子が、手鏡をスマートフォンに持ち替えた。

 
『まなざす』ことの希望もまた、産声を上げていると感じています。

 
まるで女の子の肉体が、新しく生まれ変わるように」

 
 
 
ひと昔前、10代の女の子の手にはいつも「手鏡」が握られていました。

 
 
それがいまは「スマートフォン」に取って代わり、

 
彼女たちは「自分のまなざし」を写真や動画を通し、世界中に発信できる時代になりました。

 
 
 
「歴史上、女性は常に『まなざされる』ことに特化した存在で、そこに磨きがかけられていました。

 
でも、どうやって『まなざす』かについては、まだたくさんの、面白い余地があり、

 
作られてゆく新しい歴史があると思います。

 
もし同じ論でいえば、男の子たちのほうが『まなざされる』ことについての、

 
世界の余白もある気がしますね。大切な人と、もう一度出会い直せるかもしれません」

 
 
 
山戸が「まなざす存在」に目覚めたのは、言うまでもなく「映画」というものに出会ってから。

 
 
彼女は

 
「目の前の女の子にカメラを向けて、新しいフィクションをまなざす行為は、

 
とにかく死んじゃうくらい楽しくて」と語り、

 
「これから到来する女の子たちに、映画を撮ることの楽しさを知ってほしい。

 
ぜひ、お裾分けしたいです!」と話しています。

 
 
 
そこで、「面白い映画を撮るためのコツは?」と質問してみたところ、

 
「もしこれが守れたら、絶対に面白いものが撮れる」と、

 
いたずらっぽい表情を浮かべながらこのように答えていました。

 
 
 
「まわりの男の子とか、先生とか、親とか、

 
普段なんとなく顔色を伺ってしまう人の意見を一切聞かずに、

 
ただ、自分が心から好きなものだけをつくること。

 
自分の作品の中だけでは、望まれる良い子じゃなくて良い。

 
それができれば魂から楽しくて、そしてきっとそれは女の子だけではなくて、多くの人が、

 
それができない状況で戦っているからこそ、そういう芸術はとても求心力を持てる。

 
この時代に生まれた女の子たちは、みんなスーパーラッキーガールなんだと思います。
 
自分自身として生きることが、いちばん芸術に近付ける季節を過ごせるから」
 
 
 
“男の子の意見は無視して、自分の好きなものをつくろう”
 
 
 
彼女の答えはとてもシンプルです。

 
 
 
時代の流れを客観的に見つめ、いまの時流を的確にとらえた真実といえます。

 
 
 
彼女のこうした鋭くも情熱的な「まなざし」が、この時代、

 
過渡期を生きる少女たちに大きな勇気と希望を与えているのです。

 
 
 
「好きな男の子になんて言われようとも、自分がいいと感じたその小宇宙は、

 
同じように迷っている他の女の子にも必ずつながっていることを知ってほしい。

 
社会にだけは、絶対に負けちゃいけない。社会は、表現のためにあくまで利用するものだから。

 
社会と手を結ぶのは、悪魔に絡め取られるためじゃなくて、悪魔と友達になるため。

 
悪魔と天使は、きっと紙一重です。

 
天国に行きたいのなら、地獄に落ちてでも、やっぱり自分に正直なものをつくらないと。

 
そうじゃないと、何をつくっても楽しくないし。

 
ただし、男の子には恋人の言うことにちゃんと耳を傾けてほしいですね(笑)

 
一緒に天国に行く方法を探したいから」

 
 
 
山戸監督と言えば「少女の過剰な自意識」の描き方が独特であり、

 
それが「天才」と呼ばれる大きな所以であることが知られています。

 
 
 
最初に『おとぎ話みたい』を観た時、山戸結希は「映画監督」というよりは、

 
「少女特有の自意識を映像という手段を使ってなるべく100%近く具体化するプロフェッショナル」

 
に近いと感じました。

 
 
 
少女や女性ならではのヒステリックや過剰なロマンチシズムは、

 
ただそれを表面的にそのまま描くだけではエキセントリックなものにしかなりませんが、

 
実際は肉体の内的要因だったり、女性ならではの脳の仕組みに起因していることです。

 
 
 
そのまま映し出すだけでは表現しきれないそれを、女性のホルモンや柔らかい肉体をつくる筋肉、

 
細胞すらも匂わせて描き出しているように感じます。

 
 
その手法としてモダンダンスだったり、日記や詩を朗読しているかのような、

 
一人演劇チックともいえる長台詞を用いることが山戸作品の大きな特徴です。

 
 
 
山戸監督は大学時代、哲学科で倫理学を専攻しており、

 
将来的には学者になるビジョンもあったそうです。

 
 
 
哲学もそうですが、学問というのは全てを言葉や式に当てはめていくことだと思います。

 
 
しかし結局、言葉というのはアバウトに決められた記号でしかなく、全ての感情は、

 
100%の正確性を持って表現できることなど1つもないのかもしれません。

 
 
特に少女時代の憂鬱というものはより感覚的で難解なものです。

 
 
『5つ数えれば君の夢』の劇中に「感覚は共感できないから『感覚』である」といった、

 
印象的な言葉が出てきますが、山戸監督はそれを識っているからこそ、

 
その難解さに言葉と映像で挑んでいるのかもしれないですね。

 
https://twitter.com/guilty_kyun/status/853092949629976576
 




スポンサードリンク


山戸結希映画監督の作品の評価は?

 
 
山戸結希さんですが中学時代は読書が趣味だったようで特に哲学的な本が好みだったようです。

 
 
 
上智大学では倫理学を専攻しており研究者を一時目指していましたが大学2年の終わりごろに

 
言葉だけでは表現できないものがあると考えてようになっていました。

 
 
 
大学3年生の時映画研究会に所属しその後独学であの子が海辺で踊ってるを撮影しています。

 
 
 
この作品が第24回東京学生映画祭で審査役だった井土紀州さんに認められ

 
審査特別賞を受賞することになりました。

 
 
 
これを機にほかの監督からも次々と声をかけられることになった山戸結希さんは

 
週刊誌などにも取り上げられるなどして活動の場を多くものにしています。

 
 
 
2012年11月10日にはあの子が海辺で踊ってるを自主配給で上映して

 
なんと無名の新人では異例のポレポレ東中野のレイトショーの動員を記録し

 
注目を集めることになっています。

 
 
 
また同じ時期に初の商業作品もMVパヒパヒ手掛けています。

 
 
 
その後は松本シネマセレクトアワードでは恐るべき子ども賞を受賞し

 
さらに2015年、第24回日本映画@プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞しています。

 
 
 
学生時代に制作した初めての映像作品『あの娘が海辺で踊ってる』(2012年)が、

 
第24回東京学生映画祭審査員特別賞を受賞し、

 
映画文法を逸脱した映像表現で鮮烈なデビューを飾った映画監督・山戸結希。

 
 
従来の青春映画の主人公像を更新するかのように、感性の赴くままに紡がれる特有の語り口は、

 
現在の日本映画界で異彩を放っています。

 
 
 
初のメジャー作品『溺れるナイフ』が公開され、

 
その才能を全国に轟かせた新鋭の映画監督・山戸結希。

 
 
「自分の映画をすべての少女に届けたい」と語る彼女の熱き思いは、

 
予想を超えたスピードで現実になろうとしています。

 
 

今回のまとめ

 
今大注目の「天才」とも評される映画監督・山戸結希について見ていきました。

 
 
 
彼女の映画監督キャリアは、大学在学時に映画研究会に所属したことから始まりました。

 
 
 
『あの娘が海辺で踊ってる』『おとぎ話みたい』『5つ数えれば君の夢』と、

 
これまで作品が公開されるたびに同年代の観客を中心に熱狂の渦を巻き起こし、

 
その渦の半径を大きくしてきた彼女。

 
 
 
今後も注目していきたいですね。

 
 


スポンサードリンク

コメント