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三村仁司は箱根駅伝ランナー垂涎のシューズ職人!陸王モデルにも!

スポーツ
 
 
こんにちは、ジョーです。

 
 
陸上競技はもとより、多くのアスリートのシューズを作ってきた

伝説のシューズ職人 三村仁司さんをご紹介します。

 
 
彼のつくるシューズにどうしてこれほどまでにアスリートが

支持しているのか?  また、彼がモデルになった、「陸王

とは、どのようなドラマだったのかを解説します。

 
 
 
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経歴!!!

 
 
三村仁司さんは兵庫県加古川市に生まれ、中学時代は野球部でした。

 
 
キャプテンを務めていましたが、とても強豪校とはいえませんでしたが

走る事には自信があり、高校は陸上の強豪、兵庫県立飾麿工業高等学校

進学して、陸上部に入りここでキャプテンになるのでした。

 
 
しかし、初任給が1万6000円だった時代に、ランニングシューズが800円

高額で、しかも耐久性が悪く10日もすれば破れてしまうという有様で、

陸上にかかる費用が8000円にもなっていたのです。

 
 
彼は、いくつかの大学からオファーも受けていたんですが、大学で

本格的に陸上をすれば、もっと費用が掛かると思い、進学をあきらめました。

 
 
そして、叔父の紹介で地元企業の「オニツカアシックス)」に

入社し、オニツカに勤務しながら長距離を続けたのでした。

 
 
彼は、研究室への移動を希望しましたが、モノづくりの勉強として

第二製造課へ配属され、そこでシューズの構造を覚えて

5年後に研究室に配属となりました。

 
 
そして、3年ほど研究室に在籍したのちに、別注シューズの開発担当に

抜擢され、一流選手の要望を聞いて別注シューズを作るようになったのです。

 
 
初めは一人のチームでしたが、オリンピックの商業化に伴い

チームの人数も増えていったそうです。

 
 
やがて、彼は一流選手には故障が多いことに気付き、故障を無くせば

成績はもっと伸ばせるのではないかと考えました。

 
 
色々な試行錯誤のシューズを考案してるうちに、選手のことを

第一に考えて作る彼のシューズはアスリートから抜群の信頼を得て、

それは、瀬古俊彦、森下広一、有森裕子、野口みずき、高橋尚子

イチローなど多くの名選手のシューズを作り、2004年には

厚生労働省から 「現代の名工」に選ばれています。

 
 
しかし、アシックス(オニツカ)の創業者・鬼塚喜八郎が死去した

2007年にアシックスを定年退職するのでした。

 
 
詳細は分かりませんが、

 
価値観が会社と違った。それなら一人でやるわ

 
今までの取引先は前の会社のブロックがかかったが、他にも
協力してくれるメーカーは多い。負けないものを作る自信はある

 
 
ということで、アシックスには残らずに、独立する事を選び

2009年に兵庫県高砂市で 「M.Lab(ミムラボ)」を設立したのでした。

 
 

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ドラマ「陸王」のシューフィッターは三村さんがモデル?

 
 
 
 
つい最近、ドラマで人気を博した「陸王」のシューフィッターは

三村さんがモデルだと言われています。

 
 
ドラマでは村野尊彦役として、歌舞伎の市川右團次さんが演じていました。

 
 
 
 




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「陸王」のあらすじ!!

 
 
村野尊彦は神戸の中小企業のシューズメーカーに勤務していた。(似てますね。)

 
しかし、会社が倒産し、スポーツシューズの分野で思い切りやりたいと

「アトランティック」に入社した。

 
村野尊彦はアトランティックの「シューズマイスター」という肩書で

企業や大学の陸上部にアトランティックのシューズを売り込むと同時に

選手をサポートしており、オリンピック選手など数々の選手をサポートし、

ランニングシューズの世界ではカリスマとされ多くの選手から信頼を得ていた。

 
しかし、村野はアトランティックの日本支社が採用した現場要員にしかすぎず、

会社での立場は弱く、発言力も無かった。

このような中、上司・小原賢治ピエール瀧)が怪我をして戦線離脱した

ダイワ食品・陸上部の茂木裕人竹内涼真)とのサポート契約を

一方的に解除した。

選手を第一に考えていた村野は、上司・小原とはそりが合わず、この件を機に

アトランティックを退社した。

 
その後、村野はマラソン足袋「陸王」の開発をしている足袋屋「こはぜ屋」

の社長。宮沢紘一役所広司)に誘われ、「こはぜ屋」の開発している

ソール「シルクレイ」に興味を示し、「こはぜ屋」とアドバイザー契約を

結び、チーム「陸王」に加わった。

そして、村野は試作品を完成させアトランティックから契約解除された茂木の

元を訪れマラソン足袋「陸王」を渡し、「こはぜ屋」は茂木をサポートするのだった。

 
ところが、アトランティック時代の上司・小原は茂木が怪我から復帰すると

再び茂木との専属契約を結ぶために、「こはぜ屋」に対して、様々な妨害工作をする。

 
このために、茂木は「こはぜ屋」との専属契約に悩むようになるのだ。

 
村野は「こはぜ屋」の一員だったが、あくまでも選手の事を第一に考えており

茂木に「こはぜ屋」の経営規模が小さいことも考慮し、アトランティックとの

再契約も視野に入れて良く考えるようにアドバイスした。

 
最終的に茂木は「こはぜ屋」のマラソン足袋「陸王」を選んで

ライバルの毛塚直之(佐野 岳)に勝利するのだった。

そして、村野を慕っていた選手たちはアトランティックとの

契約を解除して、「こはぜ屋」と契約するのである。

 
 
このドラマはフィクションですが、まるで三村さんの

自伝ドラマの様でした。

 
 

三村さんのシューズはどうして選手から支持されるのか?

 
 
彼のシューズに対しての最大の特徴は、「選手からの信頼」が

とにかく厚いことです。

 
 
選手は勝ちたいがために、三村シューズを求めて、彼が働く

研究所を訪れます。

 
 
彼は、選手の「」と「」の特徴を掴み、シューズ作りに活かすために

測定を行います。

 
 
脚部のアライメント(脚長や足長、関節の可動域)や、足型(足指や
土踏まずなどの形状、足幅など)を細かく測定するのです。

 
 
作製するシューズは、選手の脚(足)の状態と本人の要望にも

よりますが、「走り込み用」、「スピード練習用」、「レース用

矯正用」と、多岐にわたります。

 
 
シューズのタイプは同じでも、インナーソ^ルをそれぞれ用意したり

アウトソールやミッドソールの厚みを変えたりするのです。

 
 
左右の脚の長さが違えば、厚さで調節し、足の大きさが違えば、シューズの

大きさで対応します。

 
 
目指す大会」、「目標とする記録」、「練習内容とプラン」、

その準備に充てられる期間」などの情報とタイミングで

どんなシューズを用意するか判断してmm(ミリメートル)より

小さい値で調整しないといけない世界なんだそうです。

 
 
そんな彼の頭には何千人ものシューズを作成してきたデータが蓄積されていて

それを活かした彼のシューズ作りに多くのアスリートが支持しているのも

頷けます。

こらから!!

 
 
今年に入って、契約会社をアディダスからニューバランスに変えたようです。

 
 
しかし、箱根を走っているランナーのシューズは、そのほとんどが

彼の技術を伝承したシューズばかりです。

 
 
彼のシューズは箱根を一体、何連覇していることでしょうか?

 
 
そしてまた、来年も制覇する事でしょうね!!

 


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