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平田郷陽人形師の魂込めた作品!その生き人形の画像!作者画像も!

エンタメ
 
 
こんにちは、ジョーです。

 
 
今回は、日本を代表する人形師 平田郷陽 さんをご紹介します。

 
 
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プロフィール!!

 
 
人形師・平田郷陽は本名は 平田恒夫と言います。

 
 
1903年に東京に生まれました。

 
 
1924年に父親の跡を継いで、2代目 郷陽 を襲名します。

 
 
しかし当時はまだ、人形が世間に芸術として

認められてなかったようです。

 
 
1928年、郷陽25歳の時に、日本親善のために

アメリカから送られてきた人形の答礼として、

日本人形の大々的なコンクールが開かれました。

 
 
そして、選ばれたのが郷陽の市松人形だったのです。

 
 
200体以上の中から選ばれるなんてすごい事ですね。

 
 
そしてその受賞が、平田郷陽に人形を芸術として

世間に認めさせることを決心させたのでした。

 
 
1935年には日本人形社を結成し、翌1936年には

同士6人と一緒に第一回帝展に入選するのです。

 
 
人形が世間に芸術と認められたときでした。

 
 
彼は、戦前は人形の生身を表現する「生き人形」を

制作していましたが、戦後は女性の姿や子どもを中心に

デフォルメを施した人形制作をしています。

 
 


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作品の数々!!

 
 
粧ひ」 (よそおい

 
郷陽が昭和6年に、当時人形作りを職業とする作家が結成した

白沢(はくたく)会」の展覧会に出品したものです。

 
この時期は写実的な人体の表現を追求しており、その代表作の一つです。

 
 
人形に心が宿るように願いながら制作に打ち込んだと言う通り、

この人形の迫真の表情・手の動きに現れています。

 
 
じっと見ているとすいこまれていくような気持になりますね。

 
 
児戯興趣」 (じぎきょうしゅ

 
昭和14年に制作されたこの作品は、第四回人形社展に出品されました。

 
 
男児2人が高所で遊ぶさまを巧みにとらえた作品です。

 
 
男児はそれぞれ別で作られており、左側の男児は木の板に

かぶさるように軽く載せ、右の男児は輪にした両手の間に

板を通して配置されています。

 
 
絶妙なバランスを考えて作られた作品です。

 
 
 
泣く児」 (なくこ

 
昭和11年制作の作品で第一回日本人形社展出品のものです。

 
 
幼い子が全身で声を張り上げて泣く様子を再現し、

眉間のしわ、大きく開けた口元、手足をバタバタと動かしているさまを

細部にわたって表現しています。

 
 
 
まるで本物の赤ちゃんが泣いているみたいですね。

 
 
 
獅子遊び」  (ししあそび

 
昭和30~40年代に作られたと思われる作品です。

 
 
幼子が獅子頭を頭上に載せ誇らしげにほほ笑む姿で、獅子舞は

中国から伝来したとされる、正月や秋祭りでの

祭礼行事です。

 
 
戯れ」  (たわむれ

 
昭和30~40年代の作品です。

 
 
弟を両手で担ぎ上げる兄、満面の笑みではしゃぐ弟の二人一組の作品です

 
 
下の子の足は指先に力が入っており、ほほ笑む表情とは異なり弟を

落とさないように必死で足を踏ん張る様子が伝わってきます。

 
 
ほほえましい兄弟の姿を見事に描写しています。

 
 




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最後に!!

 
 
いかがでしたか?

 
日本が誇る人形師、平田郷陽さん。

 
 
彼の作品は横浜の人形の家に何点か展示しているとのことです。

横浜人形の家

213-0023  神奈川県横浜市中区山下町18番地

TEL  045-671-9361

FAX  045-671-9022

営業時間 9:30~1700

休館日  毎週 月曜日(祝日の場合は翌日)    年末年始

 
 
機会があれば観に行ってください。


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