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三浦大知が国民を代表して歌う天皇陛下の歌声の響きの歌詞や動画は?

エンタメ
 
沖縄県出身の三浦大知さんが天皇陛下が作詞されて、

皇后陛下が作曲された『歌声の響き』を

お二人の前で披露する事になりました。

 
 
国民を代表されて歌われる、『歌声の響き』とは

いったいどのような歌詞で動画はあるのか、

などを今回は調べていきたいと思います。

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三浦大知が国民を代表して『歌声の響』を歌う

 
 
 
2019年4月30日の天皇陛下譲位と5月1日の皇太子殿下の

新天皇即位に向けて様々な記念式典が発表されています。

 
 
その中で、2月24日の東京の隼町の国立劇場で

催される『天皇陛下在位30年記念式典』にて

沖縄県出身の歌手でダンサーの三浦大知さんが琉歌の『歌声の響き』を

記念演奏されることが決まりました。

 
 
琉歌とは沖縄周辺の島々に伝わる、

8・8・8・6の音階律を持つ定型詩の事です。

 
 
三浦大知さんは、この事を公式サイトでコメントを発表されました。

 
「天皇陛下御在位三十年を記念して行われる式典の中で
天皇皇后両陛下が作詞作曲された『歌声の響』を
歌わせていただく事になりました。
 
選んでいただいた事、両陛下の想いから生まれた
とても大切な一曲を歌わせていただける事、
本当に光栄です。
 
天皇陛下御在位三十年のお祝いの心と感謝をもって、
この楽曲に込められた素晴らしさやメッセージが
聴いてくださった皆様に届くよう
全身全霊で歌わせていただきます」
 
 
 
このようの述べられています。

 
 
歌を披露するステージも、歌う楽曲も凄い名誉ある話ですね。

 
 
『歌声の響き』はCDにもなっています。

【CD付】天皇陛下御作詞 皇后陛下御作曲 歌声の響  
この式典では、声楽科の鮫島有美子さんも

皇后陛下が作曲された楽曲を披露するということです。



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『歌声の響き』とはどのような歌なのか

 
 
『歌声の響き』が作詞作曲されたのは当時、

皇太子ご夫妻であられた、1975年7月に初めて沖縄県の名護市のある

「沖縄愛楽園」に訪問された時に作られました。

 
 
「沖縄愛楽園」はハンセン病の療養所で、

こちらに訪問する事はまわりのお付きの方たちから

反対の声も大きかったんです。

 
 
しかし、自らに意思で行動する事を大切にされていた天皇皇后両陛下は、

強い意志を持ってこちらに訪問し、目が見えない方、手や足の無い方など

一人一人その方たちの目の高さまでしゃがんでお話をお聞きになっていました。

 
 
そして、天皇皇后両陛下がお帰りになられる際に、

沖縄の船出歌の「だんじょかれよし」の合唱が感謝の気持ちを込めて、

入所者から誰ともなく沸き起こったのでした。

 
 
天皇皇后両陛下は微動だにせずにその歌と熱唱する入所者たちの姿を

食い入るように見つめていたそうです。

 
 
天皇陛下は、そんな想いを琉歌(8・8・8・6の音階律を持つ定型詩)『歌声の響き』

という歌詞をお書きになられました。

 
 
その後、みんなで口ずさんで歌えるようにと、作曲されたようです。

 
 
天皇皇后両陛下が楽曲をおつくりになられることも、

そのような歌が存在する事も全く知りませんでした。

 
 



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『歌声の響き』の歌詞や動画は?

三浦大知さんが歌っている画像はありませんでしたが、

ニュース映像の中に『歌声の響き』を少し紹介しているものがありました。

 
 
33秒辺りから流れますのでご覧ください。

 


 
歌詞はこのようになっています

 
 
だんじよかれよしの 歌声の響
見送る笑顔 目にど残る
 
(意訳)私たちの旅の安全を願うだんじよかれよしの 歌声がひびき、

見送ってくれた人々の笑顔が、いつまでの目に残っています。

 
だんじょかれよしの 歌や湧上がたん
ゆうな咲きゆる島 肝に残て
 
(意訳)私たちが立ち去ろうとすると だんじよかれよしの歌声が湧き上がりました。

ゆうなの花が、美しく咲いている島の人々のことがいつまでも心に残っています。

 
 
 
国歌である『君が代』のような感じでしょうか。

 
 
そこに沖縄テイストが入っていますね。

 

まとめ

 
 
今回の沖縄での思い出の歌を沖縄出身の三浦大知さんに

歌ってもらうのは何故なのかいろいろ考えました。

 
 
やはり、現在の沖縄の現状を心配されているのは間違いないんでしょう。

 
 
新しい天皇皇后両陛下の変わられても平和な日本が続くことをお祈りしています。


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