稀勢の里は勝負弱いが強い横綱だった!メンタル的に問題があった?

スポーツ
 
唯一の日本人横綱の稀勢の里関が引退を決意されたようです。

 
 
連日の横綱らしくない取り組みでが続いていたので

仕方ない決断だったのかもしれません。

 
 
しかし、決して史上最弱の横綱だったというわけでは

ありません。

 
 
今回は、稀勢の里関の事を調べていきたいと思います。

 
 
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稀勢の里は勝負弱いが強い横綱だった

 
 
稀勢の里関が2019年の初場所、自身の進退をかけて

土俵に上がりましたが3連敗となりました。

 
 
昨年の秋場所の不戦敗を除いて8連敗となり、

横綱の連敗記録としてワースト記録となってしまいました。

 
 
この事もあり、師匠の田子の浦親方と話し合いの末、

今場所限りで引退を決意されたようです。

 
 
横綱としては、優勝1回だけでした。

 
 
また、金星配給も横綱在位が少ないために、総数は少ないものの

一場所での金星配給は横綱ワースト記録も持っています。

 
 
そんな稀勢の里関ですが、史上最弱の横綱だったんでしょうか?

 
 
稀勢の里関の稽古は当時親方で、稽古量は角界一番と

噂される貴乃花親方が感心し、これほど強い関取は見たことが無いとまで

言い放った逸材だったんです。

 
 
事実、新横綱で臨んだ場所では、当初盤石の相撲を見せていた。

 
 
取り口も完璧で、身体も充実した仕上がりで前の場所の怪我の心配を

全く感じさせない相撲に多くの相撲ファンが稀勢の里時代の到来を感じていたと思います。

 
 
力勝負だけで相撲のするのではなく、心・技・体、揃った相撲を取れていましたが、

いざという時にコロッと負けてしまう脆さが垣間見えたりもしていました。

 
 
勝負には弱いが、相撲は強い横綱だ、とまだその時は言われていました。

 
 
相撲では白鳳にも引けを取らないくらいに出来上がりかけていたのに、

なぜ勝ち星は大きく引き離されてしまったのでしょうか。

 
 
その万全の前へ前へと押し出す相撲を取れていた稀勢の里関と

引退を決めた稀勢の里関との違いは何があるのでしょうか?

 
 

稀勢の里の勝負に対する意識の変化!

 
当時、強い相撲を取れていた稀勢の里関と引退を決めた稀勢の里関の

肉体的な変化はほとんどないと思われます。

 
 
年齢による劣化を指摘する声もありますが、

まだまだそれは見られずむしろそれは白鳳関の方が、

肉体的な衰えがあると思います。

 
 
だとすればやはり、横綱昇進を決めた際の怪我が

今も影響しているのでしょうか。

 
 
ハッキリ言ってしまえば、怪我は完治していると思われます。

 
 
むしろその部分を集中して、治療、回復、鍛錬してきているので

その部位が弱点になるとは考えにくいです。

 
 
多分考えられるのは、稀勢の里関の意識の変化だと思われます。

 
 
横綱の責任感?

 
 
まずそれはあると思われます。

 
 
稀勢の里関の意識の中で、今までの相撲から

よりいっそう横綱としての相撲を取る事する、

いやしなければならないと考えているのでしょう。

 
 
そのことが連勝している時は良かったかもしれません。

 
 
しかし、一つなにかでつまずいてしまったときに

坂を転がり落ちていくように悪い方へと進んでしまったのかもしれません。

 
 
負けたこともあったと思いますが、一番影響したのがやはり怪我でしょう。

 
 
現在、怪我は完治していますが、横綱としての初めての場所は

怪我を押しての出場でした。

 
 
それは横綱としての責任感からの出場です。

 
 
盤石の相撲で圧倒していましたが、場所後半で怪我が再発してしまい、

無理をして出続け何とか優勝出来ました。

 
 
しかし、次の場所は出場をしたものの怪我の具合が良いとは言えずに

途中休場する事になったしまいました。

 
 
そこから稀勢の里関の意識が悪い方に転がり始めました。

 
 
はやく怪我を治して復帰しないと、

との思いから無理をするのでなかなか完治しない。

 
 
そこで気持ちが焦り、よりいっそう稽古にも影響してくる。

 
 
治ったと思って出場しても、やはり再発して休場してしまう。

 
 
その繰り返しだった稀勢の里関は、遂に意識というか

メンタルの部分で相撲が取れないようになっていったのではないでしょうか?

 
 
最終的には、連続休場も横綱のワースト記録を作るほど休場し、

怪我も完治させますが、時すでに遅しだったと思われます。

 
 
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稀勢の里はメンタル的に問題があった!

 
怪我が完治した稀勢の里関は、あの強かった時のような相撲を取れると

本人の思っていたんではないでしょうか。

 
 
たぶん、親方や周りのファンもそう思っていました。

 
 
しかし、現実は違いました。

 
 
あの前へ前へ出る相撲が出来なくなっていました。

 
 
良い形で組んでも、下位力士に逆転されてしまいます。

 
 
おかしい、おかしいと考えこんで相撲がバラバラになってきたんです。

 
 
どんなスポーツでも言えることですが、

意識して身体を動かしている間はアマチュアだと言われます。

 
 
日頃、懸命に練習したことが無意識に本番で出せてこそプロなんだと。

 
 
稀勢の里は考えすぎてしまう相撲しか取れなくなっていました。

 
 
それは、横綱の責任感からくる焦りがあったでしょう。

 
 
また、怪我を完治させずに強硬出場して再発させた時の恐れを

身体が無意識で覚えていて以前のような動きが出来なくなったんです。

 
 
これでは、身体が完治してもこのメンタルでは戦うことはできません。

 
 
稀勢の里関が休場中にすべきことは、身体のメンテナンスと共に

メンタルのケアをしなければいけなかったのです。

 
 
超一流アスリートでよく発症してしまう病気に『イップス』があります。

 
 
精神的な影響でスポーツ動作に支障をきたして、

思い通りの動作が出来なくなる事を言います。

 
 
稀勢の里関も一種のイップスだったんでしょう。

 
 
そのことに早く気づいて治療していれば、

今でも白鳳関と張り合う名横綱として君臨していたことは間違いありません。

 
 
勝負弱い、メンタルが弱いなどといわれる稀勢の里関ですが、

決してそんなことはありません。

 
 
怪我に対しての対処をしっかりと現代の医学や心理学的に処置していたら、

このような事にはならなかったでしょう。

 
 
やはりそう考えると、相撲協会は遅れていると言わざるを得ません。

 
 

まとめ

 
今回は、引退を決意された稀勢の里関の事をお話させたいただきました。

 
 
対処次第では、いくらでも活躍できたと思われたと言っても結局、

たらればの話にすぎません。

 
 
全力で相撲の取り組んでこられたことに

ご本人も悔いはないと思います。

 
 
これからは、ご自身の経験を活かして、

後進のご指導や相撲協会の発展の為にご尽力ください。

 
 
 
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