アイドル女子アナ先駆けフジTV3人娘の一人有賀さつき謎の急死!

アナウンサー
 
こんにちは、ジョーです。

 
フジテレビが高視聴率で民放トップに君臨してた1980年代に

アナウンサーとして人気を博し、退社後はタレントなど

幅広く活躍していた有賀さつきさんが急逝されました。

52歳のお若さでした。

 
 
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有賀さんは、横浜のフェリス女学院に在学していた84年、当時の

”女子大生ブーム”を象徴するラジオ番組「ミスDJリクエストパレード」の

パーソナリティを務めて注目され、88年にフジテレビにアナウンサー

として入社しました。

 
当時はお笑いブームと共にフジテレビの番組が高視聴率を誇る中

同期の河野景子(53=貴乃花親方夫人、現姓花田)、八木亜希子(52=フリー)

と”花の3人娘”として脚光を浴びて、看板女子アナとして有名になりました。

 
それまでの女子アナと言えば、原稿を丁寧に無表情で読むだけでの存在でしたが

彼女たちは、バラエティ番組にも進出して、当時の人気抜群の、

ビートたけし、明石家さんま、タモリなどに絡み、女子アナの枠を越えて

それぞれのキャラクターで、アイドル女子アナの先駆けとして認知されていきました。

 
当時は今ほど女子アナがバラエティでタレントと絡むことなどまず無くて、

アイドル張りのルックスを持つ彼女たちが身体を張って番組に

取り組んでいく姿を驚き、そして楽しく見ていました。

 
特にフジテレビは原稿読みは二の次でルックスで採用してくる

と思わせるくらい外見重視かな、と思わせました。

 
その象徴となったのが“旧中山道事件”です。91年に出演番組

「上岡龍太郎にはダマされないぞ!」で、他局の女子アナが「いちにちじゅうやまみち」

と読み間違えたことを取り上げた際「この“きゅうちゅうさんどう”ですよね」

と自分も間違える想定外の展開にスタジオは大爆笑。女子アナのタレント化は

彼女たちから広がっていったようです。

 
順風満帆の中、92年に退社してフリーランスになるも、その人気ゆえ、

不倫スキャンダルで渦中の人となり2000年には一時メディア活動も

休止しています。

 
そして、02年にはフジテレビの上司で解説委員を務めた

和田圭氏(65)と歳の差婚をするも、

 
「刑務所に入るつもりでした結婚」

 
ということで、06年には離婚してしまいました。

 
 

 
今回の訃報はフジテレビの朝の情報番組「めざましテレビ」や「おはよう!ナイスデイ」

などでいち早くとりあげられていました。

 
やはり、この突然の知らせには皆が一様に驚いたようで

死因が発表されていないことも憶測をよんでいるみたいです。

 
一部の記事には「子宮頸がん」との報道もありますが、正確なところ

分かりません。

 
ただ、有賀さんが最後の収録となった通販番組「日テレポシュレ」の

ようすは、かなり激やせしており髪もカツラではないかとの

疑いがネットに持ち上がっていました。

 
あそこまで痩せていたら、癌でもステージ3か4ではないかと

いう人もいます。はたして、

病を隠してまでしなければならない仕事だったのでしょうか?

 
先ほどの同期の花田景子氏は日本相撲協会内部で改革を訴え、

理事候補選では落選した貴乃花親方を支えて注目されました。

 
八木亜希子氏はタレントだけでなく女優としても活動し、注目されてます。

 
有賀さんもこれからという時期に、人生の幕を閉じてしまいました。

 
 
ご冥福をお祈りします。

 
 
 
 
 
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