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日高のり子は若いころ売れないアイドルだった?当時の仲間が凄い!

声優
 
日高のり子さんと言えば、代表作に『タッチ』(浅倉南)、『となりのトトロ』(草壁サツキ)、
 
『らんま1/2』(天道あかね)などがありますね。
 
 
 
そんな、日高のり子さんは若いころ売れないアイドルだったとのこと。

 
 
 
今回は、日高のり子は若いころ売れないアイドルだった?

 
 
 
当時の仲間が凄い!

 
 
 
などについてまとめてみました。

 
 

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日高のり子は若いころ売れないアイドルだった?

名前:日高のり子(ひだか のりこ)

生年月日:1962年5月31日

出身地:東京都千代田区九段

職業:声優、女優、ラジオパーソナリティ、ナレーター

所属:コンビネーション

 
 
 
日高のり子さんの本名は伊東範子(いとう のりこ)さんで、ノン子という愛称で親しまれています。

 
 
 
日高のり子さんの両親は日本武道館の近くで「テーラー伊東」という洋服の仕立屋を営んでいます。

 
 
 
兄弟は弟が2人いて、長女として生まれています。

 
 
 
日高のり子さんの所属している事務所コンビネーションですが、

 
2009年に『タッチ』の声優で知られている三ツ矢雄二さんと共に設立した事務所なんです。
 
 
 
プライベートでも仕事仲間なんですね。

 
 
 
所属されている声優さんは、日高のり子さん、三ツ矢雄二さん、樋口智恵子さんの3人だけです。

 
 
 
樋口智恵子さんは『MARCO 母をたずねて三千里』のマルコ・ロッソ役を演じている声優さんですね。

 
 
 
さて、日高のり子さんが実は元アイドルだったということを知っていましたか?

 
 
 
子役として活動していた日高のり子さんがアイドルになったきっかけは、
 
高校時代に発表したふた子のモンチッチのうたがきっかけでした。
 
 
 
発表したレコード会社の担当がアイドルセクションへ異動し、

 
その担当の方からアイドルとしてデビューしないかと誘われたそうです。

 
 
 
元々日高のり子さんは女優志望だった為一度は断りましたが、

 
先にアイドルとして知名度を上げた方がいいのではないかとの提案に納得して

 
アイドルとしての活動を開始します。

 
 
 
アイドルとしては1980年に『初恋サンシャイン』でデビューを果たします。
 
 
 
実は1日だけ芸名が“藍陽子”だったのですが、

 
本名の“のりこ”は残したいという希望からすぐに現在の芸名に変更になっています。

 
 
 
その後は香川県の「仁尾太陽博」のキャンペーンガール、
 
NHK『レッツゴーヤング』の「サンデーズ」のメンバーになるなど、
 
ある程度売れていましたが、その人気は一気に失速してしまいました。
 
 
 
「サンデーズ」のメンバーには、田原俊彦さんや松田聖子さんなど超人気アイドルや

 
『それいけ!アンパンマン』のバタコさんの声優で知られている佐久間レイさんも所属していました。

 
 
 
アイドル時代には、熊と一緒に温泉に入るという今では考えられないほどの

 
超危険ロケも挑戦していたそうで、

 
入浴したら突然熊に髪の毛を噛み付かれるというアクシデントが起こったと明かしています。

 
 
 
まさに命がけのロケですね。

 
 
 
見た目も声も可愛い日高のり子さんですから、アイドルでも活躍できそうですが、厳しい世界ですね…。

 
 

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NHKレッツゴーヤングのサンデーズ時代の仲間が凄い!

『レッツゴーヤング』は、1974年4月7日から1986年4月13日まで

 
NHK総合テレビで毎週日曜 18:00 – 18:40に放送されていた若者向けの音楽番組です。

 
 
 
略称「レッツヤン」。

 
 
 
人気番組だった『ステージ101』の後番組として、1974年4月7日に放送開始。

 
 
 
収録はNHKホールやCT-101スタジオで行われていました。

 
 
 
毎週当時の人気アイドル歌手が大挙出演し、歌やトークを繰り広げました。

 
 
 
出演したアイドルが当時のヒット曲以外にも、自身のアルバム収録曲などを披露しました。

 
 
 
CM曲が歌えず、B面やアルバム曲を歌ったケースもあります。

 
 
 
また、ジャパン、ベイ・シティ・ローラーズのような日本国外からのゲストや、

 
尾藤イサオ、布施明といったヤングと比較してやや年齢層が高めの歌手、

 
演歌畑から森昌子が出演したこともあります。

 
 
 

サンデーズとは?

 
ずうとるびが降板した1977年度以降、番組のオリジナル・グループとして結成され、

 
以降1 – 2年ごとの代替わりを繰り返しながらグループとしては番組終了まで存続しました。

 
 
 
「ヤングヒットソング」のコーナー等では、

 
個々のメンバーが持ち歌を披露するステージを他のメンバーがバックのコーラスや

 
ダンスなどで盛り上げる場面も見られました。

 
 
 
「第31回NHK紅白歌合戦」(1980年)では当時司会だった石野真子の「ハートで勝負」の
 
バックダンサーをサンデーズのメンバーが務めています。
 
 
 
メンバーからは田原俊彦・松田聖子の2大スターを始めとして

 
後年人気声優となった日高のり子・佐久間レイ、

 
今日でいうバラエティータレントの趨りともいえる「がけっぷちトリオ」の

 
坂上とし恵・浜田朱里(および日高)など、

 
幅広い分野の人気タレントを生み出した点に特徴があります。

 
 
 
サンデーズに最も長く在籍したのは(卒業後も司会として番組に出演し続けた太川陽介を除けば)

 
結成時の1977年度から1982年度前半期に至る5年半の間メンバーとして出演した川﨑麻世であり、

 
1978年度から1980年度までの3年間出演した渋谷哲平・倉田まり子がそれに次ぎます。

 
 
 
1981年度 – 1982年度上半期
 
川﨑以外のメンバーが総入れ替えとなり、

 
結成以来のメンバーとしてただ1人残った川﨑は「リーダー」として

 
サンデーズを率いる存在になりました。

 
 
川﨑麻世

堤大二郎(ヤングヒットソング :『燃えてパッション』)

新田純一(ヤングヒットソング :『Hop Step 愛』)
ひかる一平(ヤングヒットソング :『ハートがCRY CRY』)

山田晃士

川島恵(ヤングヒットソング :『ミスター不思議』)

坂上とし恵(現・野々村俊恵)(ヤングヒットソング :『き・い・て My Love』)

沢村美奈子(ヤングヒットソング :『インスピレーション』)

田口トモ子

日高のり子(ヤングヒットソング :『もう一度・ブラックコーヒー』)

 
 



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笑福亭鶴光のオールナイトニッポンではがけっぷちトリオを結成!

アイドル時代初期には、空手着姿のグラビアを撮影したことがあるが、
 
「二度とやりたくない」と公言しています。
 
 
 
また「週刊ゴング」のリポーターを務めていた経験もあります。

 
 
 
日高がアシスタントを担当した『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』の
 
メインパーソナリティー・笑福亭鶴光に、後任アシスタントの坂上とし恵、
 
ゲストとしてよく出演していた浜田朱里とともに「がけっぷちトリオ」と命名されるほど、
 
初期は苦労続きでした(鶴光の十八番である下ネタも苦手にしていました)。
 
 
 
また、一応自分のコーナーとして「日高のりこのアップ・ルンルン」と題する時間帯を貰って

 
ファンからの投稿に応えていましたが、

 
単独でDJとして生放送を行っている最中に全部の照明を消されて真っ暗にされた上、

 
鶴光は勿論のこと、他のスタッフまで全員が姿を消して一人ぼっちにされ、

 
怖さの余り生放送中にもかかわらず本気で号泣し、

 
スタッフが戻りCMを入れて打ち切るまでそのまま全国に放送される等、

 
数々の悪戯やハプニングが繰り返され、何事もない正常な放送を流せなかったことも度々でした。

 
 
 
またコーナー名自体が「日高はほっぺたがリンゴの様に赤い田舎者」だと揶揄する発言を

 
鶴光が繰り返すものであり、鶴光の下ネタを始め当時のアイドルに必須な

 
「清純可憐で爽やかなイメージ」を無理矢理に崩壊させる仕打ちを受けていました。

 
 
 
ただそれでも番組降板時には「私はこの場所を離れたくない!」と絶叫したことを、

 
『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』最終回で鶴光が明かしていました。

 
 
 
アイドル時代のある日、温泉でのロケが入った日高が現地に着くと、

 
そこには温泉に入浴しているクマがいました。

 
 
 
実は、ロケの内容はクマと一緒に温泉に入る企画でした。

 
 
 
恐る恐る入浴した日高だったが、突如、クマが日高の髪の毛に噛み付くアクシデントが発生。

 
 
 
命からがら逃げ出した日高が、番組のディレクターに文句を言うと、

 
ディレクターは「自分が入って大丈夫ならまたやろう」と自らクマと一緒に入浴。

 
 
 
しかし、クマに腕を噛まれる結果となりました

 
(エッセイ本『のんこ』や『渋谷でチュッ!』ゲスト出演時に語っています)。

 
 

一通の手紙がキッカケで朝倉南役の声優に?

 
どういうことかというと、激レアさんの予告で紹介文があったみたいですね。

 
https://twitter.com/nonko_hidaka531/status/1221078386904166400
 
ご本人もツイートしていました。

 
 
 
出られるのなら是非、見てみたいですね。

 
 
 
一通の手紙がキッカケ、の詳しい内容がわかるかもしれませんね。

 
 

今回のまとめ

 
今回は、日高のり子は若いころ売れないアイドルだった?

 
 
 
当時の仲間が凄い!

 
 
 
についてまとめてみました。

 
 
 
『タッチ』の浅倉南ちゃんの声の声優さんと言えば知っている人は多いと思います。

 
 
 
日高のり子さんは浅倉南ちゃん以外もとても有名なキャラクターの声を担当しています。

 
 
 
あまり知られていないアイドル時代には命がけで苦労していた頃もあったんですね。

 


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