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立川こはるの経歴やwikiプロフ!出身大学や年収は?修業は厳しい?

エンタメ
 
7月23日、「セブンルール」で、女流落語家の立川こはるさんが出演されます。

 
 
 
女性は一切弟子には取らない、との立川談志師匠の考えがあったようですが、

 
そんな難しい立川一門の今をときめく談春さんの一番弟子として入門されます。

 
 
 
立川談志師匠には1年間女性とは思われていなかったというエピソードがありますが、

 
ただでさえ大変な落語という芸事の世界、どのようにして乗り越えてこられたのでしょうか。

 
 
 
今回は、立川こはるの経歴やwikiプロフ!

 
 
 
出身大学や年収は?

 
 
 
修業は厳しい?

 
 
 
などを調べてみました。

 
 


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立川こはるの経歴やwikiプロフィール!

https://twitter.com/7rules_ktv/status/1152547795611480065
芸名 立川こはる(たてかわこはる)

本名 廣瀬麻美(ひろせまみ)

生年月日 1982年10月7日(36歳)

出身地 東京都港区

学歴 港区立青南小学校→青山学院中等部→青山学院高等部→東京農工大学農学部→東京農工大学大学院中退

師匠 立川談春

活動期間 2006年3月~

 
 
 
立川こはるさんの経歴を見てみますと、出身学校がなかなかのところですね。

 
 
 
東京農工大学では、トゲトビムシの細胞培養にハマっていたそうです。
 
 
 
大学院にまで進まれるということなので、頭脳明晰な方だということがすぐに分かります。

 
 
 
立川こはるさんが落語に接したのは、大学入学の時の落語研究会の勧誘でした。

 
 
 
最初は、あまり面白いとも思えず、塾講師のアルバイトばかりしていたそうです。

 
 
 
特に落語にハマリだしたのは、実際に寄席をライブで見てからのこと。

 
 
 
同じ演目なのに、落語家や寄席の雰囲気などによってガラッと変わるところに惹かれました。

 
 
 
そんな中、ある時、立川談春さんの落語を聞かれて、衝撃を受けられました。

 
 
 
落語はゲラゲラ笑いながら聞くものだと思っていたのが、

 
談春さんの落語は、息もできないぐらい気迫に押されてしまったと言います。

 
 
 
大学院での研究にも精を出しておられたのですが、

 
落語家になりたいという気持ちがふつふつと湧いてきて、

 
その道を諦められず、大学院を中退します。

 
 
 
立川こはるさんは、「弟子に優しい一門はどこか」を考えるのではなく、
 
落語家になるなら師匠は立川談春さん以外には考えていませんでした。
 
 
 
「落語家になりたい」という漠然とした思いではなく、
 
談春師匠の落語を学びたかったからだそうです。
 
 
 
2017年 NHK新人落語大賞 決勝出場。

 
 
 
立川こはるさんには立川流の同門として師匠が立川志らくさんの「らく兵」さんがいて、

 
らく兵さんからは「ネェサン」と呼ばれて親しまれているそうです。

 
 


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立川こはるの出身大学や年収は?

東京都港区出身で青山学院中等部・高等部に通っていますから、

 
おそらくは生まれた家はそれなりに裕福だったんじゃないかと思われます。

 
 
 
落語に興味を持つようになったのは、東京農工大学在学中に、落語研究会に勧誘されたこと。
 
 
 
キャンパス内にゴザを敷いて、着物を着ている怪しい集団から「ラーメン食べない?」と

 
声をかけられたものの、人柄や雰囲気にひかれてしまったんだとか。

 
 
 
ただ1年目は寄席にいってもそれ程おもしろいとは思わず、上野鈴本演芸場の早朝寄席でその後、

 
真打として活躍することになる柳家三三、入船亭扇辰、三遊亭歌奴、桃月庵白酒などの

 
落語に魅了され、のめり込んでいったそうです。

 
 
 
ただ、大学4年時の就職活動では、塾講師のアルバイトをしていた経験を活かして、

 
はじめ塾講師になろうと考えたものの、結局、大学院に進学。

 
 
 
大学院ではトゲトビムシの研究をしていたそうですが、

 
落語家への道があきらめきれず、2年生に進学するのを機に、大学院を中退。

 
 
 
落語家になるなら師匠は立川談春以外には考えられないということで、

 
立川流に入門することになったそうです。

 
 
 
他の流派とは違って年齢が上がったり経験を積めば、

 
半自動的に二ツ目→真打と昇進できるシステムとなっていますが、

 
落語立川流では師匠の前で昇進試験を受けて合格しなければいけません。

 
 
 
立川こはるさんは2006年に入門していますからすでに10年以上も落語を続けているので、

 
真打になってもおかしくないキャリアではあるものの、まだ二ツ目。

 
 
 
師匠の立川談春が言うには、

 
「今のままだと私の価値観でこいつを真打にすることはない」

 
ということですが、ただ、

 
「でも『お客さんが認めちゃってる』という状況を作ったら真打にするしかない」

 
と語っているので、立川こはるさんの人気や実力をある程度は認めているんじゃないでしょうか。

 
 
 
年収は、推測になりますが、

 
 
 
落語家の二ツ目の出演料は2万円から15万円ぐらいになり、

 
年収の平均は、550万円ぐらいと言われています。

 
 
 
とは言え、この立川こはるさんはなかなかの人気の落語家さんで、

 
スケジュールがぎっしりの売れっ子のようです。

 
 
 
公式ホームページの中で記載されている出演予定は、7月中は残り10日中7日もあります。

 
 
 
それも、東京、横浜、そして秋田での独演会などと、

 
本当に飛び回るスケジュールで仕事をしておられます。

 
 
 
二ツ目で独演会なんて大したもんじゃないでしょうか。

 
 
 
なので、年収ももう少し多いかもしれません。

 
 
 
真打で年収が650万円以上と言われている世界ですが、

 
もうそれぐらいは達成しておられるかもしれませんね。

 
 




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立川こはるは立川談志 一門で初の女流落語家でも修業は厳しい?

最初は入門を断られますが、絶対に談春師匠のもとで落語を学びたいと粘って、

 
やっとカバン持ちをさせてもらえました。

 
 
 
7ヶ月後には、「立川こはる」の名前をもらい、「前座」になることが出来たんですが、

 
落語の世界では「見習い、前座は人にあらず」なんていわれているそうで、

 
罵詈雑言を日常的にかけられる世界でもあるそうです。

 
 
 
その中で重宝されるのが、邪魔にならず、気がきいて、すぐに使える人間という世界です。

 
 
 
そういう人になるためには「センス」が必要だったと立川こはるさんは言います。

 
 
 
「どうすれば、相手が喜ぶか」を常に考えて行動しなければなりません。

 
 
 
例えば、楽屋に置いてあるオシボリを、夏なら冷蔵庫で冷やしておこうとか、

 
師匠によって好みのお茶が違うけれども、どうすれば喜ばれるかを考えて実行するなど。

 
 
 
そういう修行時代を過ごし、みっちり人としての成長を学び取った、

 
そういう立川こはるさんだったのです。

 
 
 
もしかしたら、その頭脳明晰なこはるさんだったからこそ、

 
女流であっても認められるほど成長できたのかもしれませんね。

 
 
 
芸の世界は本当に厳しいものです。

 
 
――そのときから、落語家を本気で目指した?

 
 
いや、最初はやはり躊躇していました。

 
 
 
今でこそ、女流の落語家も30人ぐらいいますが、当時はまだほとんどいない時代でしたから。
 
 
 
寄席は途中の出入りは自由なんですが、女性の噺家の出番になると、

 
お客さんはたばこ休憩に行ってしまったりする。

 
 
 
そういうのも見ていたので、「女性はやっぱり厳しいんだ」と、どこかで諦めていました。

 
 
 
就職活動の時期には、はじめ塾講師になろうと考えていたんですよ。

 
 
 
学生時代は、ずっと塾講師のアルバイトをしていて、

 
落語で学んだ「しゃべる」技術が生かせると思って。

 
 
 
ただ、頭の片隅では、ずっともやもやしたままで、いざ内々定の電話をもらったときに、

 
「このまま人生が決まってしまうのか」と躊躇して、その場で内々定を断りました。

 
 
 
どうしようか悩みましたが、トゲトビムシの研究も面白かったので、

 
モラトリアム期間のように、そのまま大学院に進学しました。

 
 
 
朝一番に高尾の森林総合研究所にトゲトビムシを集めに行って、午後少し昼寝をして、

 
研究したり、落語を見に行ったり、塾講師に行ったりという日々を過ごしていました。

 
 
 
そんな中で、やはりどうしても落語家への道があきらめきれず、2年生に進学するのを機に、
 
大学院を中退しました。
 
 
 
落語家は、見習いと前座時代はほとんど収入がない状態になるので、

 
大学院の授業料を払うぐらいなら、手元に生活資金として残しておきたかったんです。

 
 
 
「弟子にやさしい一門はどこか」「修業がしやすい一門はどこか」といった話も

 
耳には入っていましたが、落語家になるなら師匠は立川談春以外には考えていませんでした。

 
 
 
「落語家になりたい」というよりも、談春師匠の落語を学びたかったんです。
 
 
 
談春師匠に弟子入りできなければ、

 
落語家を諦める覚悟で大学院退学と同時に弟子入りを志願しました。

 
 
 
――弟子入り志願は、スムーズに受け入れてもらえたのですか?

 
 
最初は、断られました。
 
そもそも、談春の師匠である立川談志は
 
「女性は落語家にふさわしくない」と常々公言していましたし。
 
 
 
男性による男性のための芸として受け継がれてきた落語を女性が演じるのは、

 
宝塚劇団に男性が入るぐらいの不自然さだと。

 
 
 
それでも、絶対に談春師匠の下で落語を学びたいと粘って、

 
2006年3月31日、新宿末広亭の「余一会」で、初めてかばん持ちをさせてもらいました。

 
 
 
そこから見習いとしてかばん持ちや、着替えの手伝い、着物の畳み方や、

 
楽屋での立ち居振る舞い、出囃子の太鼓などを覚えさせてもらいました。

 
 
 
7か月後に「立川こはる」の名前を頂き、

 
「前座」となってからは、他の師匠方の手伝いにも行かせてもらいました。

 
 
 
落語の世界では、「見習い、前座は人にあらず」なんて言ったりします。
 
 
 
作法をやさしく教えてもらえる世界ではありません。

 
 
 
ミスをすれば「バカヤロウ」「出てけ」「やめちまえ」と日常的に言われる世界です。

 
 
 
師弟関係は、上司と部下という関係ではないので、「教える」というより、

 
たぶん「しつける」感覚に近いんだと思います。

 
 
 
重宝されるのは、邪魔にならず、気が利いていて、今すぐに使える人間です。
 
 
 
前座時代は他の師匠方に付いている先輩落語家のアニさんたちにも

 
いろいろと作法を教えてもらいました。

 
 
 
アニさんたちは、本当によく気が利いていて、下足を並べるにしても、

 
誰の下足をどこにどう並べるかの一工夫があるし、杖を突いた師匠が来れば、さっと椅子を出す。

 
 
 
その機微はたくさん勉強させてもらいました。

 
 
 
センスがいい人は、楽屋働きはどんどんできるようになりますね。
 
 
 
――「センスがいい」人は、何が秀でているのでしょうか?

 
 
「どうすれば、相手が喜ぶか」を常に考えているんだと思います。
 
 
 
楽屋にはケイタリングのおしぼりが置いてあるんですが、

 
夏の暑い日なら、おしぼりを冷蔵庫に入れておこうとか、寒い日なら暖かくして出そうとか。

 
 
 
師匠ごとに着物の畳み方や、好みのお茶も違うけれども、

 
ただ、決まりきったやり方に従うだけじゃなく、

 
どうすればもっと相手を喜ばせることができるかを考えて実行している。

 
 
 
その加減だと思います。

 
 
 
まあ、最初の頃は、良かれと思ってやったことでも、

 
師匠方が求めていることには当てはまらずに怒られたりもしましたけどね(笑)。

 
 
 
――見習い、前座の修業期間は、何が一番大変でしたか?

 
 
大変だったことは挙げればきりはないですが、強いて言うなら「時間」の感覚でしょうか。

 
 
 
学生時代は、研究やアルバイトのスケジュールは事前にわかっているので、

 
ある程度ルーチンで動ける。

 
 
 
それが、入門してからは、24時間どんな呼び出しの電話がかかってくるかが分からない。

 
 
 
実は見習い時代に、隠れてアルバイトをしていたんですが、

 
シフトの日でも師匠から「来い」と言われれば、絶対に断れません。

 
 
 
前座になれば、たくさんの師匠方のお手伝いをさせていただけるようになる半面、

 
呼び出される機会も多いので、アルバイトどころか、ほとんど自分の時間は持てなくなりました。

 
 
 
大変でしたが、それでも当時、談志家元に落語を聞いてもらえたのは、貴重な財産だと思います。

 
 
 
まだ前座の落語なのに、じいっと聞いてくれて「おう、口調はいいね」と褒めてもらえた。

 
 
 
「女性はだめだ」と言われ続けていた時代に、

 
一つでも談志家元に褒めてもらえたことがあるのは、もう宝物のような感覚です。

 
 
 
1年ほど、家元の出囃子の太鼓係もやらせてもらってたんですよ。

 
 
 
それが、ある日「おい、こはる」と名前を呼ばれまして。

 
 
 
前座が家元に名前を呼ばれるなんて、そうないことなので、

 
緊張しながら駆けつけると「…お前、女だったのか?」と聞かれまして(笑)。

 
 
 
確かに、入門と同時に髪もバッサリ切って、男の子っぽい恰好ではありましたが、

 
まさか女だと気がついていなかったとは…。

 
 
 
「はい」と答えたもの、こちらもどうしていいか分からない。

 
 
 
家元からは、本当にいろいろと思い出を頂きました(笑)。

 
 

今回のまとめ

 
「女性は落語家にふさわしくない」と言っていた立川談志の弟子・立川談春に入門し、

 
「見習い、前座は人にあらず」という世界を駆け抜けてきた立川こはるさん。

 
 
 
本当に落語が好きでないと生き残ることは出来なかったでしょう。

 
 
 
それに加え、頭の良さとセンスでくぐり抜けてきた修行時代。

 
 
 
いまや、その修業を活かし、

 
落語家として花を咲かせる手前まで来ていると十分言えるのではないでしょうか。

 
 
 
真打に昇格することを目指しておられると思いますが、

 
私たちもそうなれるよう応援したくなる熱心なお人柄ではないでしょうか。

 
 
 


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